慰霊行脚

2016年3月11日

東日本大震災のあった日、私は修行僧でした。未曾有の大災害をもたらした地震の情報はやがて僧堂内にも伝わり、動揺が広がりました。その時、ある雲水が発した言葉が今でも頭に残っています。「こんな大変な時に、私たちは只座っていていいのですか?」と。もちろん彼の言葉は、毎日坐禅する事に疑問を抱いたのではなく、何も力を及ぼす事ができない無力感から出たため息のようなものでした。私はその時、返す言葉が見つからずその疑問に対し頭が真っ白になり、思考が停止し時間が止まったような感覚だったのを覚えています。
あの日から5年が経過した3月11日、私は震災に遭った地に赴くことが叶いました。四国から里野和敬師・中川光真師・井上一洸師と共に『慰霊行脚』に参加させて頂いたのです。その要因としては、前述の明確な答えが現地に赴けばあるのでは、という考えがずっとありました。この5年間本当にわずかな事でしか復興活動には携われておらず、できる事は何かと考えた結果、少しでも現状をこの目で確認したいという想いからでした。しかし被災した方々の前では、そういった私心は消して、失礼のないようにと心掛け出発しました。
現地では宮城県曹洞宗青年会の方々の淀みない進行により、『慰霊行脚』は静かに始まりました。石巻市大川地区を行脚し、終点の大川小学校では追悼法要を行います。道中、津波の爪痕は、5年を経過しても未だにはっきりと見てとれました。整地された土地に建物は全くなく、草木は茂らず土だけが露出し、それ故に虫も動物も居ないのです。人間生活や動植物の音や色が無く、海から吹きつける風が広大な地をただ吹きさらしていきます。遮るものが何もないので、本来なら見えるはずの無い距離に海面がはっきりと確認できました。「あんなところから…」頭の中でつぶやく言葉ですら、声が詰まります。
そんな中ひたすら歩き続け、最終地の大川小学校が見えてきました。続々と遺族の方、関係者、僧侶が集まる中、列をなす私たちに手を合わせ何度も頭を下げる方がいらっしゃいました。修行のときに抱いた疑問の答えのひとつが、一様にこの場面にあらわれているのかと思い少しだけ安堵しました。また行脚する事で一人でも多くの方の気持ちを和らげる事ができるのなら、それ以上望まずとも良いのかもしれません。
只ひたすらに歩いた土地、その地で命を落とされた方々、ご遺族、関係者にご供養が届きますように行脚致しました。慰霊に訪れている人々は、想像を絶する経験をされた方ばかりだと思います。それでも、とても力強い印象を受けたのは、きっとそれぞれの歩幅で前に進まれているからだと思います。今後堅実に再興が進み、平穏な日常が皆様に戻りますようご祈念申し上げます。

以上

慰霊行脚1

慰霊行脚2

慰霊行脚3

慰霊行脚4